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さすがママの子だね、という呪縛。

  • 執筆者の写真: ぷぺぽ編集長
    ぷぺぽ編集長
  • 10月28日
  • 読了時間: 2分

長女は絵を描くのが好きだ。


1歳になったころ、クレヨンを渡したら、いたく気に入っていた。

アンパンマンを敬愛していた彼女は、アンパンマンを何度も何度も描いた。

2歳で「アンパンチ!」の絵を描いて見せてくれたときは、衝撃だった。ちゃんと拳が飛んでた。アンパンマンの顔が、ちょっと怒ってた。


飽きることなく描き続ける娘のために、スケッチブックは常に買い足していた。

お出かけにも、必ず道具を持って行った。紙とペンと、娘の情熱。


気がつけば、小学生になっても、中学生になっても、暇があれば絵を描いていた。

技術はめきめきと上達し、紙でもタブレットでも、いろんな絵を描くようになっていた。


そんな彼女に、ある日言われたことがある。

「ママの知り合いが絵を褒めると、必ず『やっぱりママの子だね』って言うんだよね」

「でも、ママの子だから絵がうまいんじゃないのに」って。


ごもっとも。

私はデザインの仕事をしているけど、絵心は一切ない。

だから娘の絵を教えたことは一度もない。


小学生の頃、絵がとても上手なりえちゃんという友達がいて、その子の描く絵や、白くてきれいな手がとても好きだった。

その記憶が残っているくらい、絵が描ける人を尊敬しているし、うらやましいと思っている。


絵がうまいのは、娘の努力に他ならない。

私のセンスはこれっぽっちも関係ないところで、彼女は研究し続けていた。

描いて、描いて、描いて、描いて。

その積み重ねが、今の彼女の絵になっている。


それ以来、私は「娘の絵は娘の努力と才能なのですごいと思っている」と周りに伝えるようにした。

「ママの子だからだね」って言われそうな場面では、先回りして言わないようにお願いすることもあった。


高校生になってすぐの頃、あれだけ描いていた絵を描かなくなった時期があった。「最近描いてる?」と聞いた私に、「全然描けてない!」と答えた彼女。でも、その日を境に、少しずつ再開したように思えた。


描けない時期も、描ける時期も、

書きたい気持ちも、それを上回る青春も全部大切。


この先絵から離れていっても、人生のほどんどで絵を描いていたという事実が、彼女のこれからにつながることを願うし、信じている。

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